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承継で本当に難しいのは、決めた後だった

事業承継で難しいのは後継者の決定ではなく、決めた後の5年。渡すもの3つの時間差と、カレンダーへの落とし方を書き…

事業承継の相談は、たいてい「誰に継がせるか」から始まります。息子か、娘か、番頭格の役員か、それとも外に売るか。たしかに重い決断です。ただ、伴走の現場で見てきた限り、本当に難しいのは決めた後でした。

決めた日から、関係が変わる

後継者を決めて社内に伝えた瞬間から、3つの関係が同時に動き出します。先代と後継者。後継者と古参幹部。そして先代と古参幹部。

昨日まで「専務」だった人が「次の社長」になると、古参幹部の言葉遣いが変わります。先代への報告が後継者を飛ばして届くようになったり、逆に何もかも後継者に集中して、先代が急に寂しさを抱えたり。承継のつまずきは、税金や株の手続きよりも、この人間関係のもつれから始まることのほうが多いのです。

典型的なのは、古参幹部が先代と後継者を天秤にかける場面です。「これは社長(先代)の耳に入れておくべきか、次期社長に直接言うべきか」を、幹部本人が判断できずに迷う。この迷いが放置されると、幹部は自然と話しやすいほうにだけ報告するようになり、もう一方には情報が届かなくなります。誰が悪いわけでもなく、報告の宛先が決まっていないだけで起きる事故です。だから承継の初期にやるべきことは、税務や株の設計より先に、「何を誰に報告するか」を先代と後継者の間で一度言葉にすることです。

渡すものは3つ。時期はぜんぶ違う

「会社を渡す」と一言で言いますが、分解すると渡すものは3つあります。

  • 代表権 ── 登記上の代表取締役。対外的な顔
  • 実権 ── 人事とお金の決裁。実際の意思決定
  • 株 ── 議決権と財産

この3つは、同じ日に渡す必要がありません。むしろ同時に渡すほうが危ない。代表権を渡しても実権は1〜2年並走する。株は資金の手当てを見ながら段階的に動かす。そうした時間差をつけるのが普通です。この順番と時期の設計こそが承継計画の中身で、とくに株にからむ税金の扱いは、必ず顧問税理士と一緒に詰めてください。

順番を間違えるとどうなるか。よくあるのが、株だけを先に大部分渡してしまい、代表権と実権は先代が握り続けるケースです。後継者は議決権上の大株主なのに、日々の決裁権はない。この状態が長引くと、後継者のモチベーションが下がるだけでなく、先代に何かあったときに「株は持っているが経営の実務が分からない」という空白期間が生まれます。3つの時間差は、離しすぎても詰めすぎても危うい。だからこそカレンダーに書き出す意味があります。

5年のカレンダーに落とす

「いずれ渡す」は、何も決めていないのと同じです。おすすめは、決めた日から5年のカレンダーを作ること。1年目は同行と観察。2年目はひとつの部門の決裁を渡す。3年目に代表権。──という具合に、何年目に・何を・誰の同席で渡すかを一枚に書き出します。

1年目の「同行と観察」も、ただ隣にいるだけでは意味がありません。銀行との面談、大口の取引先との商談、幹部との個別面談。この3つの場に後継者を同席させ、そこで先代がどんな基準で発言し、何を優先しているかを見せることが目的です。2年目に渡す「ひとつの部門の決裁」は、金額の小さい部門から始めるのが無難です。失敗しても会社全体への影響が限定的な範囲で、後継者に決裁の重さを体感させます。

カレンダーにすると、先代の「まだ早い」と後継者の「いつまで待てばいいのか」が、感情のぶつかり合いではなく日付の話になります。日付の話になれば、揉め方が健全になります。ずらすなら何ヶ月ずらすのか、と交渉できるからです。

先代の「その後」も決めておく

カレンダーに書くべきなのは、後継者に渡す予定だけではありません。もうひとつ、先代自身の「その後」です。会長になるのか、相談役になるのか、完全に退くのか。肩書だけでなく、出社の頻度、口を出す範囲、報酬をどう段階的に下げるか。ここが曖昧なままだと、代表権を渡した後も先代が毎日出社して現場に指示を出し、社員が「結局どちらの言うことを聞けばいいのか」と混乱する、という承継で最もよくある停滞が起きます。

先代の役割は、「口を出す領域を絞って深く」が原則です。たとえば、技術承継と大口取引先との関係維持だけは会長が担い、人事と投資判断には一切口を出さない、と線を引く。領域が決まっていれば、先代の経験は会社の資産として活き続けます。決まっていなければ、同じ経験が後継者の成長を妨げる重しになります。渡す側の出口設計まで含めて、はじめて承継計画は完成します。

年に1回、カレンダーを見直す

5年のカレンダーは、作って終わりではありません。年に1回、先代と後継者が二人で見直す日を決めてください。決算後の落ち着いた時期がよいでしょう。予定どおり進んだ項目、遅れた項目、前倒しできそうな項目を確認して、日付を引き直す。この見直しの場そのものが、先代と後継者が承継について正面から話す、年に1度の公式な機会になります。日常の中で「承継の話、ちょっといいか」と切り出すのは、親子でも上司部下でも案外難しいものです。だから最初から、話す日をカレンダーに入れておくのです。

決めたことより、決めた後を

後継者が決まった会社の社長に、私はよくこう聞きます。「決めた後の5年、何年目に何を渡すか、紙になっていますか」。まだの方は、次の週末にでも、裏紙一枚から書き始めてみてください。それが承継計画の最初の1枚になります。

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